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「平和学」を学ぶために(ブックガイド・入門編)

「平和学」とは

平和学・平和研究(Peace Studies)の対極にある安全保障研究(Security Studies)は、国際関係論の下位分野としての地位を確立した。すなわち、軍事力の行使を含む国家の安全保障政策における諸理論を、国家を中心とする枠組みによって発想する考え方である。

これに対し、とくに、日本の平和研究は、かつては、国際関係論の中でもリベラルな研究者たちによって、「核戦争の起きることのない世界をいかにつくりだすか」という問題意識のもとで、核抑止論批判を展開してきた。しかし、ヨハン・ガルトゥングによって、「暴力」のない世界を「平和」とみなす積極的平和の概念が提唱されるようになると、さまざまな学問分野を背景とする人たちが「平和学」に参入するようになってきた。なぜなら、「暴力」のメカニズムの解明にあたっては、たとえば、貧困問題であれば経済学者の協力は不可欠であるし、地球環境問題であれば、自然科学者との協力も必要であろう。また、「暴力」の除去にあたっては、たんに研究者だけでなく、平和運動家などとの協力も欠かせない。

こうして、社会構造に深く根ざす「暴力」性をあばきだす「構造的暴力」概念は、1970年代に入ると、日本の平和研究のなかで一世風靡した。このため、日本の「平和学」のテキストには、いまでも、「構造的暴力」に関する言及が、何らかの形でなされている。ただし、「構造的暴力」の発現形態は多様であるため、「平和学」のテキストで取り上げられる事例はさまざまであり、それぞれのテキストにおいて、編者の問題意識が反映されている。したがって、これらをひとまとめにして論評することは難しい。このため、「平和学」をこれから学ぼうとする人には、まず、自分が何を、なぜ学ぼうとするのか、ということをつねに意識することが必要である。そのうえで、自分の学ぼうとするイシュー(争点・論点)に関する書物を系統的に読み進めていくことの方が、平和学をより深く学ぶことができるのではないだろうか。さまざまに出版されている平和学のテキストは、あくまでも、平和学を学ぼうとする人たちに対するきっかけを提供するに過ぎないものと理解した方がいい。

以上の点をふまえ、「平和学」の特徴を述べるとすれば、①つねに、社会的に抑圧された者の視点に立つこと、②「暴力」を生み出す社会構造から脱却するためのオルタナティブを構想していくための柔軟な思考と想像力を発揮すること、そのために、③つねに「今ある」社会への批判のまなざしをむけること、④「暴力」を生み出す社会は、長年にわたって、構造的に「つくられてきた」ものであるが、しかし、「暴力」の発現は今おきていることから、なぜ、構造的な暴力が起きているのか、その原因を探るとともに、今、「暴力」に苦しんでいる人たちに対する「共感」を示すこと、そして最後に、⑤グローバルな視点に立った学際性、の5点にまとめることができよう。「平和学」と冠のついたテキストには、これらの視点が散りばめられているのだが、同時代性を追求しようとすれば、どうしても、つねに「新しさ」を盛り込む必要がでてくることから、改訂作業を繰り返さざるを得なくなってくる。被抑圧の視点にたち、社会変革へのまなざしをむけることは何ら変わることはなくても、その時々にあわせた諸問題をどのようにテキストに取り組むのかが、編者(執筆者)に求められる力量となってくる。

「平和学」のテキスト

さて、では実際に、「平和学」のテキストのいくつかを紹介していくなかで、これらの点について、見ていきたい。

「平和学」という言葉が今もって定着したとは必ずしもいえないが、それでも、日本平和学会が創設された40年前に比べれば、「平和学」のテキストが数多く出版されるようになり、大学での講義も増えてきたことから、それなりに、「平和学」の用語は定着しつつあるといえるのではないか。そのなかで、「平和学」のテキストにもいくつかの「世代」があるように思われる。

第1に、「平和学」そのものを紹介する段階にあるテキスト。たとえば、いわゆる第2次冷戦(新冷戦)の時代に、日本平和学会編集委員会によって編集された『講座 平和学(全4巻)』早稲田大学出版部は、冷戦時代さなかにあって、当時の「平和学」の全貌を明らかにしようとした、はじめての試みであるといえよう。すでに21世紀に入った今日においても、草創期の平和学が目ざそうとしていたものを読み解こうとするときには、欠かすことのできないシリーズである。また、草創期の平和学者が、平和学とともに歩んできた自伝として、岡本三夫『平和学は訴える−平和を望むなら平和に備えよ−』法律文化社、2005年がある。

さらに、すでに亡くなられた平和研究者のご遺稿をまとめたものとして、高柳先男『戦争を知るための平和学入門』筑摩書房、2000年、高畠通敏『平和研究講義』岩波書店、2005年がある。これらは、高畠・高柳両教授の教えを受けた佐々木寛によってまとめられたものであり、主として、「戦争と平和」という、従来から平和研究が取り組んできた課題を扱った、オーソドックスなテキストである。

第2に、「平和学」の取り扱うさまざまなイシューを中心に編まれた書物。日本平和学会の編集した、『グローバル時代の平和学(全4巻)』法律文化社、2004年を読むと、日本の平和研究は、すでに「平和学」を紹介する段階を脱して、「平和創造」のために何を考えなければならないのかを考える段階に来たことを実感するだろう。

また、法律文化社から出版された、さまざまな平和学のテキストのなかには、「平和学」の取り扱う(べき)イシューを、網羅的にとはいえないかもしれないが、包括的に取りあげたものが多い。岡本三夫、横山正樹編『平和学の現在』(1996年)、同『平和学のアジェンダ』(2005年)、同『新・平和学の現在』(2009年)で取りあげられた項目をみると、「平和学」の歩みを歴史的に概観したうえで、「平和学」が取り組むべきイシューを概観した点に特徴があり、「平和学」の同時代性を読み解くことができるのではないだろうか。また、これらをもう少し初学者向けにしたものとして、児玉克哉、佐藤安信・中西久枝『はじめて出会う平和学−未来はここからはじまる−』有斐閣、2004年がある。

「平和学」の見取り図を描く

「平和学」の分野を見取り図的に論述し、包括的に論じた書物としては、君島東彦『平和学を学ぶ人のために』世界思想社、2009年がある。ただし、この本を読むときには、多くの章を読む中から、自分は、何のために「平和学」を学ぼうとするのか、「平和学」を学ぶための初心に立ち返ることが必要になってくるかもしれない。そのうえで、自分が学ぼうとする「平和学」が、「平和学」全体のなかで、どのあたりに位置づけられるのかを意識的に考える必要が出てくる。「平和学」には考えるべきポイントが多く、社会のオルタナティブを構想することの必要性を感じることはできるだろうが、「平和学」は、あくまでも被抑圧の側に視点をおくこと、「平和学」を学ぶと言うことは、声を発することのできない人たちの声を代弁することでもあることを、あらためて考えなければならないのではないだろうか。

「平和」のつくり手

すると、「平和」のつくり手はだれか、という問題に突き当たる。その意味で、小柏葉子、松尾雅嗣編『アクター発の平和学−誰が平和をつくるのか?−』法律文化社、2004年は、さまざまなアクター(国際社会に影響を及ぼすことのできる行為主体)に着目して、「平和」をつくることの意味を問い直している。また、直接、「平和学」という名前は冠していないが、毛利聡子『NGOから見る国際関係−グローバル市民社会への視座−』法律文化社、2011年は、国際社会におけるNGOの役割を体系的・包括的に論じていて、「平和学」のもつグローバルな性格や、オルタナティブな社会変革への視座が得られて有益である。

学際性

また、「平和学」にはさまざまなディシプリンをもった人たちの集まりであることを全面に打ち出した本も出てくる。吉田康彦編著『21世紀の平和学−人文・社会・自然科学・文学からのアプローチ』明石書店、2004年である。こうなると、「平和学」は、1人の手には負えないことが如実になってしまい、「平和学」を講述する側の力量が問われてくることにもなろう。

国際関係論をベースにして

逆に、多様なディシプリンから「平和学」が構成されていることによって、「平和学」に混乱が生じているかもしれないという問題意識に立って、国際関係論の視点から「平和学」にアプローチした本として、池尾靖志編『平和学をつくる』晃洋書房、2009年がある。これは、「暴力」の発現形態として、まず、政治学での鍵となる概念である「権力」のなかに暴力装置としての軍事力と警察力が組み込まれていることから、正統性を失った権力はもはや「暴力」と言わざるをえないことを述べ、権力の抑制をはかることが、暴力の発現を未然に防ぐことができること、社会構造のなかに深く根ざした「構造的暴力」を除去するためには、私たちが、社会のしくみを理解し、具体的に社会に対してどのようにアプローチすればいいのかを、社会を構成する一員として考えようということを述べている。

「環境と平和」

第3に、日本平和学会での研究活動の積み重ねを世に問う形で出版された、一連の書物である。

とくに、日本平和学会のなかでは、「環境・平和」分科会が、定期的に開催される学会の機会以外にも、熱心に研究会活動を通じて、研究成果を世に発信している。それらのうち、戸﨑純・横山正樹編『環境を平和学する!−「持続可能な開発」からサブシステンス志向へ』法律文化社、2002年、郭洋春、戸﨑純・横山正樹編『脱「開発」へのサブシステンス論−環境を平和学する!2−』法律文化社、2004年、郭洋春、戸﨑純・横山正樹編『環境平和学−サブシステンスの危機にどう立ち向かうか−』法律文化社、2005年などは、「サブシステンス」(自然生態系のなかで人間社会を維持し、再生産していくしくみ)概念を軸にして、「平和学」を再構成していく試みとして着目される。

たしかに、「環境」を軸にした「平和学」の再構成のこころみは、とりわけ、3・11の東日本大震災とフクシマを中心とする原発事故によって、原子力エネルギーは、平和利用も軍事利用もなく、人間の制御不能なエネルギーであることを露呈してしまった。そのため、人間でさえ制御不能なエネルギーは使用すべきものではなく、段階的に全廃していく必要があるという点で、これまでの、核兵器廃絶の動きと重なるものがある。「平和学」の学際性というとき、イシューを越えて「平和」をつくり出していくことのアプローチには共通するものがあることを再確認する作業が必要だと言うことなのではないだろうか。

以上、「平和学」の代表的なテキストをごく簡単に紹介してきた。しかし、今後の「平和学」の展開を考えたときに、課題も見えてくる。その最大の課題は、社会の「右傾化」にどのように歯止めをかけるのか、という点である。

「平和学」の視座

「平和学」の最大の特徴は、繰り返すまでもなく、社会的に抑圧された側の視点に立ち、社会的強者を中心に動いている社会に対して、どのようにしてオルタナティブな社会へと変革していくかという構想力である。しかし、特に、これから「平和学」を学ぼうとする若者たちを取り囲む社会の厳しい現実を考えたとき、右傾化する社会のなかで、「おかしいことをおかしい」という、当たり前の声を発すると、社会によってかき消されてしまう現状が目の前にある。これから「平和学」を学ぼうとする人たちには、ぜひ、社会を批判的に捉え、「おかしいことをおかしい」と主張できるように声を発してもらいたい。そのことが、社会を変革する大きな力になるのだから。もちろん、社会の「右傾化」をここまでの状況になるまで容認してきたのは、ほかでもない、これまで「平和学」を発信してきた研究者の側の責任である。したがって、「平和研究」を専門としていると自称する研究者たちには、これから「平和学」を学ぼうとする人たちを取り巻く社会状況に目を向け、学習者と「ともに学ぶ」姿勢を見せることが必要であろう。また、過去の歴史をどのようにして清算してきたのか、その清算の仕方は正しかったのかというまなざしを向ける必要がある。

オキナワを考える

この意味で、研究生活の多くを、沖縄戦の証言を丹念に調べ上げることに費やし、沖縄戦の現状が今、ふたたび、有事法制の制定へと結びついたことに警鐘を促す、石原昌家編『ピース・ナウ沖縄戦―無戦世界のための再定位』法律文化社、2011年に触れないわけにはいかない。日本の場合、沖縄の人たちに過重な負担を強いる日米安保体制による「構造的差別」の問題に目を向けなければならないのではないか、と考えるからである。

「平和学」の課題

最後に、日本の「平和学」がこれまでの取り組みの中で弱かった部分は、(軍事的)安全保障に対する批判の論理を積み重ねる努力である。もちろん、日本平和学会が、こうした課題にまったく取り組まないできたわけではない。先ほども紹介した、『グローバル時代の平和学(全4巻)』のなかの第2巻は、磯村早苗、山田康博編『いま戦争を問う−平和学の安全保障論』である。ここでは、9・11後の世界における安全保障、平和構築、軍縮の課題を取りあげ、戦争やテロのない世界の条件を探るとされている。しかし、これらの研究成果が、どの程度、社会に影響力を及ぼしてきたのか、改めて自覚的になった方がいい。日本平和学会が40周年を迎える今、アメリカの覇権衰退と中国の台頭が叫ばれる中、日本社会にも大きな影を残している。ここで改めて、日本から発信する「平和学」の意味を見つめ直すときにきているのではないか。安齋育郎・池尾靖志編『日本から発信する平和学』法律文化社、2007年は、日本の社会状況を「平和学」的に分析した本である。(ただし、この本は現在、絶版で、新たなるテキストを構想中です。)


*この文章は、もともとは、日本平和学会編『平和を考えるための100冊+α
』(法律文化社、2013年)のコラムとしてまとめたものです。ただし、HPに掲載しましたので、新たな本をみつけたときには、随時、追加していき、文章もアップデートしていきたいと思います。(随時)

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